ンコシ・アフリカ

んこし・あふりか
ンコシ・アフリカ

肩書き
マリンバ奏者
出身・ゆかりの地
海外

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アフリカンマリンバアンサンブル「ジョゼフ・ンコシ」とその妻「トモミ」による「ンコシ・アフリカ」。
公演「共に生きる世界を目指して~虹の国南アフリカを彩るリズム~」では、アフリカンドラムやダンスを織り交ぜ、オリジナル曲やアフリカ伝統音楽をトークと共にお送りします!

プロフィール

南アフリカ共和国出身のジョゼフ・ンコシを中心に結成された日本で唯一のアフリカンマリンバアンサンブル。南アフリカの伝統楽器マリンバ(木琴)にアフリカンドラムや歌を織り交ぜアフリカの伝統音楽やオリジナル曲を演奏する。

*ジョゼフ・ンコシ(Joseph Nkosi)
南アフリカ共和国出身 。大阪在住。
南アフリカ共和国で3本の指に入るマリンバ(木琴)奏者。南アフリカの伝統楽器マリンバを中心に歌やアフリカンドラムを織り交ぜ、オリジナル曲やアフリカの伝統音楽を演奏する。楽器は木の板を切ることから始まり、制作、チューニングまで全て自分で行う。本国では、迎賓館や国際フェスティバル、ネルソン・マンデラ元大統領演説集会など国を代表し数多く演奏してきた。ミュージカル「ウモージャ」の創設者の一人でもあり、ヨーロッパをはじめ世界各地で活躍。スピード感溢れる演奏は世界中で絶賛されている。
演奏活動のほか、伝統音楽や美術の指導も行い、欧米のポップスに夢中になるアフリカの若者に「自分自身の文化にも誇りを持とう」と訴える。2000年、堺で行われた世界民族芸能祭(ワッショイ!2000)に自身のバンド「UBUNTU」で招聘される。2001年以降、活動の拠点を日本に移し、演奏、ワークショップ、学校公演など幅広く活動中。生活に根ざした南アフリカの音楽や美術のすばらしさを日本に伝える。人と人をつなげる音楽の力を信じ、様々なジャンルの音楽家とも交流。2010年、渡辺貞夫のライブに飛び入り参加し、その音楽性を高く評価される。2015年、映画クレヨンしんちゃん主題歌ゆずの「OLA!!」にゲストミュージシャンとして参加。

*トモミ(Tomomi)
大阪出身。
1993年   アメリカ留学中ジェンベ(アフリカンドラム)に出会い、太鼓を抱えて帰国。
1995年   アフリカンパーカッションバンド「レギレギ」を結成。
             国際交流祭や市民祭りなど様々なイベントや小学校公演などで活動。
2000年   Djamra(ジャンラ)のメンバーとしてオーストリア各地で演奏。
2001年   ジョゼフ・ンコシにアフリカンマリンバを習い始め、以降ジョゼフと活動を共にする。
             地球おはなし村のメンバーとしてアフリカの昔話と音楽の出前公演も行っている。

>>>毎日新聞記事(2010年)

<主な曲目>
「アシシャンガネーニ」 (一つになろう)
一人では何も出来ない、みんなでやれば出来ないことはない。
「 ロング タイム アゴー」
金鉱労働者の歌。僕達は長年金鉱で働き続けているが、金を身につけたことはない。
「ミドランズ」
アパルトヘイト時代、家を奪われ黒人居住区にさせられた人の歌。ミドランズは何もないところだけど、楽しく生きていこう。
「 ショショローザ 」(がんばろう)
ショショというのは汽車ば「シュッシュ」と走る音。汽車が力強く前に進むように、僕達も力を合わせて前進しよう。
もともとは労働者の歌だが、サッカーの応援歌としてもよく歌われる。

◇アパルトヘイトとは?
1910年に英自治領南アフリカ連邦が成立して以来、白人による支配を固定化するために取られた人種差別政策。強制移住や隔離、人種間の結婚禁止などを通じて、差別が制度化された。反アパルトヘイト運動の参加者は弾圧や拷問の対象となり、多くの犠牲者が出た。1991年6月にアパルトヘイトの根幹である人種登録法などが廃止され、デクラーク大統領が終結を宣言。1994年4月に初めて全人種が参加した全国規模の選挙が実施された。

主な講演のテーマ

1.共に生きる世界を目指して 〜虹の国南アフリカを彩るリズム~
2.生命(いのち)の響き アフリカのリズム
3.母なる大地 アフリカの音
4.エキサイティング アフリカ
5.アフリカがやってくる
6.音楽は世界共通語~みんなちがって、みんないい~

南アフリカマリンバ(木琴)アンサンブル
(トーク&音楽)

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